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黒澤世莉です。

イトウシンタロウさんが、今年の王子小劇場ディレクターズワークショップの課題戯曲、「剃刀」中村吉蔵作、をテキストデータにしてくれたので、PDFにして共有します。パブリックドメインだしね。

公開が遅れたのは、イトウさんのくださったデータに個人情報が含まれていたからです。さすがイトウさん大胆だなーって思っていちおう確認したら「それは公開しないでください」ていう至極まっとうな申し出を受けました。そりゃそうですよね。で、編集するのめんどくさくなっちゃって、このタイミングになったよ。

いちおう、本文はBlogから読めるようにしますが、イトウさんの脚注が楽しいので、ぜひダウンロードしてご確認ください。そして興味を持ったら、近代戯曲は楽しいので、みんな図書館で発掘したらいいよ。最初は旧仮名遣いとか読みにくいけど、そのうち気持ちよくなってくるから。こわくないよ。

イトウさんデータのご提供ありがとうございました。みんな、賢い変態イトウさんのwebだいとを訪ねよう。

文責:イトウシンタロウ (NICE STALKER:ナイスストーカー)
Twitter @ITO_Shintaro
公式 WEB http://nice-stalker.com

剃刀抜粋部分_イトウ打ち直し_20160130
https://drive.google.com/file/d/0B-SfaT9skEOVajBic3lBNkVqdFU/view?usp=sharing
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本編 (剃刀 近代戯曲集 P250〜P254)
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お鹿:ありがとうございます。(送り出して)為さん、「ありがとう」くらい言ったらいいじゃないかね、あんまり無愛想だよ。
為吉:(煙草を吹かしながら)ありがたくもねえよ……なんだい老いぼれめが……秀作さんが小学校時代から違ってりゃぁ俺だって違ってらぁな、俺の方が卒業する時は一番だったぞ、天職だなんて、二十五年も一つ所の小学校校長にかじり付いてやりゃぁ訳はないやね、よく飽きもしないでやって来られたもんだ、馬鹿根気だけは感心するよ。
お鹿:でも二十五ヵ年も辛抱が出来たから、知事さんからご褒美がでたんじゃないかね!
為吉:じゃあ俺も今に二十五カ年勤続のざんぱつ屋さんだって、郡長からご褒美の出るのでも目的に働こうかな……糞でもくらえだっ。
お鹿:今さらイライラしたって仕方がないじゃないかね。
為吉:俺はもうこんな暮らしに倦怠み(あぐみ)切ったから、イライラするのも当たり前だ、第一、あの姿見鏡から癪に障るよ、あの縁の剥げたのは、親父の代からあの通りだ、そして鏡の中を見ると椅子へ掛けた人間の顔は毎日幾度でも変わって行くが、傍へ立って白い上着を着てる奴の面は一向変わって行かない、いつも同じ男だ、365日、同じ男が同じ手つきをして、同じ狭い場所を行ったり来たりして、恥ずかしげもなく同じ事を繰り返してやっていやがる、あの鏡はガラス張りの檻だよ、その檻の中から一生出られない男子が一匹いるんだ、気の毒にもなって来るし、可哀相にもなって来る、しかもそれが俺なんだ、この俺なんだ、そう思うとたまらないっ。(頭髪をむしる)
お鹿:それがさ、今の運命(まわりあわせ)だよ、もうこうなっちゃぁ三度のおまんまが頂いていけりゃぁそれで結構だとしとかなけりゃならないんさ、どうしようたって、どうしようもありやぁしないからね、気分を取り直してお稼ぎよ。
為吉:フン、稼いだってどうなるんだい、俺がこうして一生稼いで、お前を養ってやりゃぁそれでいいんかい?それが俺の一生の目的なんだろうか、馬鹿馬鹿しいっ……貴様ぁそれでよくっても俺はイヤだっ。
お鹿:じゃあ他にどうする道があるって言うの?私だって何も、お前さんに養ってもらえばそれでいいと言うんじゃぁないよ、一生ここでくすぶっていて、それで他に思い残す事はないと言うんじゃないさ。
為吉:(冷笑)そうだろう、お前が店番をしているのを見ると、お退屈様って折々言ってやりたいような気がするよ。
お鹿:お察しが良いわ、ホントに私だってお退屈様に相違ないんだよ、お前さんの所へは、取替え、引替え、お客様が見えるんだが、私のお客さんって、今じゃお前さん1人キリなんだからね。
為吉:(怪訝そうな眼色)俺は貴様のお客さんかい?
お鹿:(笑顔)今じゃぁ御亭主と決まった人が、私のお客さんじゃぁないか、昔はそうじゃぁなかったよ
為吉:(吐出すような調子で)フン、だるま屋じゃぁ毎晩、御亭主が変わっていたんだからな、この頃はお客さんの顔が決まり切ってしまったから、それでご退屈だとおっしゃるんだな。
お鹿:お前さんが、今、あんな事をお言いだったから……鏡の中に、いつも同じ顔をした男のいるのが恐ろしいって言ったもんだから、私も何だか自分の胸に思い当たって来たんさ。
為吉:どんな事を思い当たったんだい。
お鹿:怒っちゃいけないよ、何も浮気で言うんじゃないが、私もお前のような事を折々考えていないんじゃぁないんだよ。
為吉:何をさ?
お鹿:(半ば笑って)夜中なんかに、ふと目が覚めると、いつも同じ顔の男が、私のそばに眠ってるんだもの、なんだか不思議なような、恐ろしいような気持ちのする事もあったんだよ。

(為吉はじっとお鹿の顔を見据えている。)

お鹿:ホホホホ 何もそんな怖い顔をして見なくっても良いじゃぁないか?お前さんが嫌になったって訳じゃぁさらさらないんだよ。
為吉:(頽然(たいぜん)となって)アアア、人間って奴はちっとも頼りにゃぁならねえんだ。
お鹿:そんなに取っておくれでないよ、お前さんが鏡の話をするんだから、私だって同じ事だ、誰にだって皆辛抱気がなけやぁ駄目だって言うんさ。
為吉:(少し慄えた口調で)貴様がそんなに浮気っぽい奴だから、伊勢屋の野良息子なんかが、ちょいちょい爪を出しに出入りしてやがるんだ、イヤ、あの野口だって油断はなりゃしない、どの客も、どの客も、油断がなりゃしない。それだけでもこんな商売は嫌だ、嫌だ、あの鏡を叩き壊してやろう。(駆け下りる、お鹿は追い掛けて肘へ取り付く)
お鹿:短気な事をおしでないよ、商売道具を叩き壊したら明日の日をどうするんだね、早速困るのは眼に見えているじゃないか。
為吉:放しやがれっ……いくら困ったって死んだらそれでおしまいだい、放しやがれっ。
お鹿:(固く抱き緊めて)私はまだ死ぬのは嫌だよ……今死ぬ程なら、もっと前に死んでるわね。
為吉:誰と死んでるんだ?(振り返って顔を見つめる)
お鹿:誰とでも相手はかまやしないさ。
為吉:売女めっ、(と頬桁を叩いて、グタリとそこの椅子へ腰を落とし)惚れたの腫れたのって、貴様は皆俺をだましてやがったんだな。
お鹿:(嘲るように)勝手に疑るが良いよ。
為吉:(無念そうに切歯して)こんな奴にまで馬鹿にされてたんか?俺はこんな下らない男子だったのか……。
お鹿:どうせお前も私も下らないさ。似たもの夫婦だよ、今さら怒ったって、泣いたって、仕方があるもんか。

(為吉は額を押さえてうめいている。)


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