ハンサム部ブログ

Director Seri Kuroawa's blog / 演出家 黒澤世莉のブログ

March 2011

時間堂「廃墟」公演初日無事おわりました。

みんな、ありがとう。

こんなに幕が上がって降りることにほっとする公演ははじめてです。

三好十郎さんが来てくれた、感覚的な意味で。それは良かった。みんなが正直にぶつかった結果。労いたいよ出演者あんど支えてくれるスタッフたち。そしてこれがスタートなんだな。

明日は終演後に吉田小夏氏とトークしまーす。
2:30の上演の後にトークイベントとか、どうなんだとも思うけど、
やりたいのでやりまーす。

明日も楽しく演劇やってきまーす。

20110405追記
まつりのラスト、オノマリコ戯曲x黒澤世莉演出のリーディング「解体されゆくアントニン・レーモンド建築旧体育館の話」の動画を公開してます、良かったら観てね。


http://www.ustream.tv/recorded/13771820


動画で見ても面白いと思う。
あとの2本もあるんだけど、ちょっと音質的に厳しいかんじ。


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時間堂「廃墟」休演日特別イベント
春だ一番リーディングまつり

さわがしい世の中ですが、ちょっと肩の力を抜こうじゃないか。私たちがんばりすぎ。
ということで、動いたり声を出したり、お酒を飲みながらまったり物語を聞いたり、ゆるーい時間をみんなで味わおう、というイベントでございます。週の頭の月曜日、ちょっとほぐれにきませんか。劇場さんのご厚意で、おやつ、お酒、持ち込みOKです。入退場自由なんで、いい感じできていい気分でお帰りいただけるような時間にします。まってます。
黒澤世莉

●声を出して読んでみよう、三好十郎「歩くこと」17:30~
●リーディング「巨大なウエディングケーキ」18:30~
●リーディング「解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話」19:30~
*あとあいまにだらだらしゃべる

[日時]2011年4月4日(月)17:00開場 17:30スタート

[会場]池袋シアターKASSAI

[お値段]1,000円 *「廃墟」半券をお持ちの方は500円。おとくね。

[ご予約]info@jikando.com お名前、人数をメール下さい。

[プログラム]
●声を出して読んでみよう、三好十郎「歩くこと」17:30~
リーダー 黒澤世莉。
三好十郎「歩くこと」を、ワークショップみたいな感じでみんなで読む時間。
声を出して日本語を読んで、きぶんをすっきりさせましょう。
ちょっとだけ動きやすい服装だとより楽しめるかもしれません。

●18:30~リーディング「巨大なウエディング・ケーキ」
戯曲 谷川俊太郎 / 演出 黒澤世莉
出演
石黒亜実 山本佳希
6月21日から26日まで新宿眼科画廊で上演される「ami produce」のリーディング。

●19:30~リーディング「解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話」
戯曲 オノマリコ / 演出 黒澤世莉
出演
岩井晶子 上村正子(さいたまゴールド・シアター) 菊池美里 窪田優 
熊川ふみ(範宙遊泳) サキヒナタ 清水久美子 辻村優子 米沢絵美
5月21日から23日までKAATで上演される「趣向」のリーディング。
公演とは違うキャスティングのスペシャルバージョンでお送りします。

売上の一部を東北大震災の義援金として赤十字に寄付いたします。

ちょっとここまで書いてるブログエントリを観て呆れてしまった。このひと何様なんだろう。いや自分のことなんですけど。


「ダメな自分について、あるいは自戒を込めないで」
「答えのない問題の解き方」

について書きます。

熱くなって支離滅裂だわ、上から目線だわ、バカだ、と思った。これ多分何年かあと見返したら爆発しちゃうんだろうなと思った。でも恥はかかないと、と思うから残しておく。未来の私は過去の自分を恨め。

「自戒を込めて」というのはよく使われる言い回しだし、私もよく使ってた。今使わなくなった理由は、だって全部の文章に付けないといけなくなるじゃん、て思ったから。あらゆる教訓めいた文章は自戒である。だったらいちいち書かなくていい。

私が偉そうな物言いになっちゃうのも、実際他者を見下している部分があるんだけど、それだけじゃなくって、自分に向けての叱責という面もある。どちらの割合が多いかは、わたしゃ分からん。読んだ人が判断してくれ。

繰り返しこのブログにも書いているので、あらためて言うまでもないが、私はダメな人間なのだ。基本的には口ばっかり。良く寝るし、義務は果たさないし、責任逃れはするし、約束は忘れるし。やりたいことしかやらない。よく言えば人間らしい、悪く言えば無責任なのだ。世界は聖人君主だけで成り立ってない。私みたいなダメ人間の方がたくさんいる。だから、ダメ人間でもダメなりに、ちっとでもマシに生きられる、わずかづつでも成長していける、そのために自分に何が出来るかな、て考える。

いきなり高いハードルを超えるのではなく、山を登るように一歩一歩、一号一号、たまに道に迷って同じところに出たり、むしろもとより低いところに出ちゃってアチャーってなりながら、生きていくしかない。

だから、上からモノを言っていてもその程度の人間だというか、その程度の人間だから上から目線になっているので、賢明な紳士淑女の皆様方に置かれましては生暖かくお見守りください。そのままでいいと思ってないので、ちょっとづつ成長します。

でまあ、ここまでかいて本題というか、一番書きたいことは、人間はほとんどダメ人間だから、それ前提でいろいろ考えていこうよ、って思うよ。

誰かを糾弾するときって、相手がミスしない前提な気がするんだよね。でも自分のことを思ってみなよ、ミスしない自分なんて考えられないだろ。だったら、人の失敗も笑って許せないと嘘だろう。

正しい時に鬼の首を取ったように勝ち誇ると、友達減るよ。そんなひとと話したくないでしょ。でも、人間はダメだから、自分が正しい時は鬼になっちゃうんだよね。だから、正しい時ほど物の言い方、行動に気をつけたほうがいい。強いものは思いがけないことで弱いものを殺してしまう。

だから、誰かがミスっても大丈夫なようなシステムを作らないといけない。お互い許せる範囲のシステム。

そう考えると、原発っていうのはダメ人間が管理するには、笑って許せない部分が多すぎるよね。超人ならば扱えるだろうけど、超人はすごくすごく少ないんじゃないかな。また原発のまわりを超人100%にするのも難しいだろうな。

で、だから即時停止っていうのも、正論押し付けっていうか、じゃあ代替エネルギーで、火力の公害どうするのとか、ソーラーとか風力は実用まで10年20年かかるんじゃねとか、そういう話になってくるよね、社会はつながってるんだから。なにかを変化させたら、必ずどこかがしわ寄せを食らう。それが好転してラッキーってこともあるんだろうけど、悪化にせよ好転にせよ、一部を変えたらそれにつられて全体も変わっていくのだ。そういうふうに出来ているのだ。

そういう、答えのない問題に、ダメ人間がどう取り組むのか。そんなの私も知りません。これは思うに、知らない分からないものを協力して考えつづけるってことが、今のところ府に落ちる場所だと思う。

自分がダメなんだから、他の人もダメなことも許す寛容さ。ダメさを認める自由さ。ダメだと決めつけない平衡感覚。ダメどうし、まあダメじゃない人も含めてさ、あるいはダメポイントがズレてるから、ダメじゃない部分同士を組み合わせてみたりさ、いろんな意見やアイディアを戦わせて、ちょっとづつマシな意見にしていくのさ。ダメな人と人とが手をつないで、ダメじゃない社会がつくれたら、素敵よね。まあ難しいけどさ。

昨日生まれてきた、今生まれた、明日生まれてくる赤子のために、やることは「何でも反対」じゃないだろう。

自戒を込めてなんて、絶対書かないんだからねっ。

「こんなときだから、演劇をがんばろう」

私は演劇業界にいるから、こんな声を良く見聞きする。やる側が言うのも、応援してくれてる人も、こんな時は演劇やめておこう、という人もいる。

でも「こんなとき」なんてないと思う。明日死んでしまうかもしれないし、それは昨日も10年前も同じ。
誰しも明日死んでしまうかもしれない。それを忘れるどころか、意識の片隅にも置かないもんだから、非日常が訪れると浮き足立ってしまう。

応援されても、批判されても、自分の仕事をまっとうしたらいいと思う。それは平時でも、非常時でも変わらないことではないのかしら。
私は演出家なので、演劇をやる。強度のある演劇作品は、強い影響をあたえることができると思いう。作品が、いつ誰と出会ってもいい時間が過ごせるように、強度強度を持たせることが、私の仕事。
恥ずかしい話だけど、私は3月11日以降考えや行動が変わった一人だと思う。だから「こんなとき」って言いたくなる気分は分かるし、言っちゃっていたかもしれない。いつも振れない軸を持つなんて難しい。

どんな一日も、大切な一日。


*「ハレとケ」というのはあるから、メリハリはあるものだし、あっていいのかな。
たしかに、私も昼行灯と呼ばれたいわ、という欲求があるし、またそういう人がいてもいいかも。
という反証がいま自分の中ではじまっているんだけど、またこれは別のお話。

私は昨日も今日も、一所懸命生きている。しかし、明日のことは分からない。

34年間、ぼんやり生きていた。しばらくしたらまた、ぼんやりしてしまうと思う。自分自身というものが多少は分かってきたし、成長はするだろうけど劇的には変わらないだろう。人間というのは忘れてしまう生き物だし、忘れないと生きていけない。

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あっているか間違っているかよりも、自分で考えているかどうかのほうが問題だと思う。

人と会ったり、Twitterやwebメディアを見てしばしば感じる違和感のひとつに、自分で考えてないような、ひいては自分の人生を生きていないような感覚、がある。人の意見に同調したり、振り回されたり、いきどおったり。激している人は共感にせよ反感にせよ、他人や他人の意見との距離感が狂ってると思う。賛成にせよ反対にせよ、情報には適度な距離感を持つのが、自分で考える、判断する、後悔しないやりかたのコツではないかしら。

正解の無い問がたくさん立っている。信頼できる情報源の方々が、原発のこと経済のことや演劇のことなどで、意見を対立させている。これはとても健康的なことだと思う。感情的にならなければ、対話こそが社会の進歩、成長に必要なこと。

3月11日以降、ある瞬間に、自分が死ぬわけないと考えていると気がついた。論理的には死ぬことは分かっている。しかし感情的、身体的に、自分が死ぬ、あるいは死ぬようなひどい目にあうわけないと思っている。

生まれた時から、次の瞬間には死ぬかもしれないのに、永遠の命があるように錯覚している。

人は必ず死ぬ。石器時代から1950年代まで、人間の生活文化の中に、死はもっと身近なものであった。敗戦のあと、経済成長にかまけて死からひたすら遠ざかり、清潔で潔癖な、繊細で傷つきやすい社会の出来上がりとなった。海の向こうに目を向ければ、戦争や内紛で死と隣り合わせの国がたくさんある。そこまでひどくはなくても、犯罪でも病でも、命の危険が身近な地域はいっぱいある。それらの人々に比べて、私たち日本人はあまりに死を恐すぎているのではないだろうか、それによって生からも遠ざかっているのではないだろうか。

死から逃げ、生から遠ざかっているがゆえに、自分の人生を生きられない、自分で考え、判断できない人が多くなっているのではないだろうか。

私は、震災の復興策が後手に回っていることも、原発の管理体制に隙があることも、強く抗議したい。それらを弁護する気持ちなど微塵もない。現場で死力を尽くしている方々には敬意を表する、私が非難するのは管理者、リーダーたちだ。

そして、それら問題のあるリーダーたちが愚かな行為をしていると仮定して、それに対する反応があまりにナイーブすぎることに違和感がある。そして、そのリーダーなり原発なりは、私たちが選んでいるという責任を感じていないように見える言動に、違和感を覚える。

いま起きている問題は、震災のあと突然降って湧いた問題ではない。以前からあった問題で、それが震災を機に表出しただけだ。比較的安全な場所にいる私たちは、それを受け止め、改善する義務があると思う、少なくとも被災者に対する想像力を働かせているような言動をする人間には、原発やリーダーを批判する人間には、その責任として行動しないといけない。

人はいずれ死んでしまうし、それから逃れるすべはない。だから私は、いつ来るか不確かな死を思うより、いまここにある生を大事にする。生を大事にするっていうのは、思い煩うことなく楽しく生きるということ。単純に心配しすぎないということ。あれもこれもと気を揉んでも、死ぬときは死んでしまうし、両手に抱えられるものしか持てないし、たって半畳寝て一畳だし。

この考え方を他人に押し付けるきはさらさらない。ただ、自分で考えてほしい。自分で調べて、自分で考えて、頭だけでなく身体も感情も使って考えて、そうして自分の人生を見つけて欲しい。時間は無限にあるわけではない、考えることも調べることもどこかで諦めて、行動しないと、自分の人生を生きないと、病気になってしまう。だからどんなに考えたり調べたりしても、全てを解決するような楽園に行けるわけではない。でも考えたり調べたりしたら、楽園に行くための地図を見て旅が出来るようになる。地図があるのとないのとでは、日々の不安がまるで違う、その地図は間違っているかもしれないけど、そうしたらまた地図を探せばいいのだ。

大事なことは、自分の地図を手に入れるために、考えて、調べること。明日死ぬかもしれないから、いい今日を生きるために。

私が考えた、「考えること」「調べること」あるいは「生き死にのはなし」でした。

いま、できること。続けること、忘れないこと

いま一番意識しているのは「続けること」。
節電を続けること。日常を続けること。


私はズボラなので、何事も三日坊主で終わりがち。だから無精者でも継続可能な範囲で、ハードルは低く、息は長く、続けることが一番重要だと思う。

いまの東京で節電を意識しないひとはバカだと思う。これが一過性のブームになったら全然意味が無いので、続けている。ただ、ほんとに真っ暗で怪我するとか、暖房付けずに風邪引くとかすると継続できないので、ほどほどに、効果的に。肝はピークタイムの18時から20時になるべく電気を使わないことみたい。

日常を続ける、というのは、自分のためと他人のためとの切り口がある。
社会や経済を回さないと、自分も困るし、結局被災地も困ると思うから。今までの生活はあんまり変えない、変えるべきところは変える。私は演出家だから、可能な限り演劇の仕事をする。みんな自分の仕事をがんばればいいんだと思う。はパン屋さんならパンを、サッカー選手ならサッカーを、アパレルだったらアパレルを、がんばればいい。

演劇が他人を救うかは分からないけど、私は演劇に救われている。だとしたら、演劇が私以外の誰かを救う可能性だって低くないと思う。いま私が比較的健康な心持ちでいられているのは、間違いなく演劇の現場で、他人と関わり合い、作品に貢献しあい、自分を燃焼させているから。

お金が無いと生きていけない、そのためには仕事をしないといけない、お金を出来るだけ使って、働いてもらって、という流れを紡いでいかないと、失業者がたくさん出て、経済が停滞して、困っているひとを応援したくてもできなくなってしまう。


次に「忘れないこと」
亡くなった方たち、大切な人を亡くした方たち、被災されている方たち、被災地で身体を張って活動している方たち、外国から応援を送ってくれた方たち、いま日常に近い生活をおくれる東京の、この生活を支えてくれる方たち。を忘れないこと。

本当に傷ついた人たちの心情を理解することなんて出来ない、ということを忘れないこと。だから出来る限り想像力を働かせること。


そして次に、
「考えること」「調べること」をしています。より深く、より問題に近づいていく。これは次回に。

「私にできること、私たちにできることを、自分で考える、行動する」


東北地方太平洋沖地震の被災者の皆様に、一日も早くあたたかい毎日が訪れることを願っております。
亡くなられた皆様のご冥福をお祈りしております。

あれから2週間が経つ。大地震、津波、そして原発事故。いまもまだ救助を待つ方々、物資不足に脅かされる方々、避難所で寒さに震えている方々がいる事を思うとやりきれない。一日も早く日常と呼べる日々を送れるように願いつつ、微力ながら行動を続けていこうと思う。

生命の危機ではなくても、水道、ガス、電気などのインフラが壊れていたり、食料、衛生用品などの生活必需品が手に入らない方々も、本当にたくさんいる。それも回復の目処がたっていない地域がたくさんある。

一方、隣人の窮状に、日本人はもとより、世界中から支援の手が差し伸べられている。日本人の現場力の高さ、忍耐力の強さ、節電などの協調力に驚嘆する。世界中からのメッセージと人的、金銭的支援に感動する。それらの情報を速度品質共に、わずかな工夫が必要なものの、得られるインターネットとTwitterを中心にしたソーシャルメディアの可能性に希望を持つ。

反面、日本人の統率者の弱さ、集団の利権癒着の構造、TVなどマスメディアの情報的影響的に劣化どころかしばしば害悪になる状況、そういった指導者や組織を見過ごしてきた、情報に振り回され買い占めなど右往左往する民度の地を這うばかりの低さに憤る。

これら美点と汚点は、こと日本国内での事においては、私たちの文化の裏表であり、良い点の根源は悪い点の原因に直接繋がっている気がする。これについてはこの先掘り下げて考る。

私が今の状況で、今回の当事者というと、被災者の方々は怒るだろうか。
日本人であれば、東北でも東京でも、関西でも九州でも、当事者だと言っていいと思う。
いま生きている我々は、いまここにある社会に対して責任がある。社会に対する当事者だ。

いままさに生命の危機にある人の役には立たないかもしれない。私は人の命を救う技能も、その技能を持つ人を雇用するだけの経済力も持たない。私は演出家である。思想家でも政治家でも社会学者でもないが、演劇という芸術を通じて、多少なりとも考えてきたこと、感じてきたこと、失敗してきたこと、成功してきたことの、経験がある。それによって社会に還元できることがあるように思う。ならば今の私がすることは、まずは演出家として社会で活動すること。そして、キーボードを叩いて自分が考え、思い、行動することを発信し、それによって社会が今より「生きやすい」世界になる手助けをすることだ。

傲慢だと笑うだろうか。笑えばいい。

今我々に必要なのは感傷と自重ではない、ましてや他者への攻撃ではない。必要なのは自由と責任、そして行動、それらに必ず寄り添わねばならない愛、だと思う。

「私にできること、私たちにできることを、自分で考える、行動する」

そんなことを考えながら、しばらくブログを書いていきます。

東北地方太平洋沖地震の被災者の皆様に、一日も早くあたたかい毎日が訪れることを願っております。
亡くなられた皆様のご冥福をお祈りしております。

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あれから2週間が経つ。いまさらという気もするが、その時のことを振り返る。それを書かないと、3月11日以降に感じ、考えたたくさんのことを書けない。

2011年3月11日14時46分、私は東京、王子小劇場にいた。

私は劇場職員として、14時からの公演を観劇していた。
劇場が揺れる。天井に吊ってあるバトンがきしみ、そこに吊られている照明と照明がぶつかり合って音を立てる。明らかに異常事態だが、舞台の上では俳優たちにより上演が続けられている。終わる気配のない揺れに、当日制作スタッフが上演中止、避難誘導を始める。舞台上の演技は止まり、お客さまは係員の支持に従い整然と退場される。
幸い、舞台美術も照明、音響機材も、倒壊したり落下したりということはなかった。

私は、劇場職員として客席から上演を中止するべきだったのか、劇団制作スタッフの判断を待つべきだったのか、いまでも答えを出せずにいる。結果的に後者の選択をしたが、消極的にそうなったというだけにすぎない。劇場スタッフとしてその場にいる人間の安全を確保しなければいけない場合、震度などの数字目標は見られない中、どの程度で行動するべきだったのか。一生、この判断を考え続けると思う。

ホールから出て、即事務所に戻り、インターネットで情報を収集する。劇団制作スタッフと連絡を取り合い、善後策を協議する。当初は安全確認後の再開も検討したが、度重なる余震、交通機関の乱れなどを鑑み、1時間ほどして公演中止を決定。予定されていた夜の公演も、17時の時点で中止を決定。交通機関のない劇団関係者は、王子スタジオ1で稽古中の何人かとともに、王子小劇場に宿泊することとなった。

私は20時くらいまで劇場で情報収集にあたり、池袋でつけ麺を食べて帰宅した。明治通りは渋滞でいっぱい、歩道も徒歩で帰宅する人で見た事のない混雑。池袋の街は、落ち着いていたし、飲食店も普通に営業していた。



2011年3月11日以降、日本は変わった。これから先のことを中心に、この2週間で考えたことをブログに書いていこうと思う。

黒澤世莉です。私は無事です。東京はいい天気で、交通機関の乱れやちょっと物資不足はありますが、おおむね普段どおりです。

東日本大震災で被災者の友人たち、見知らぬ方々、そして救助、復興など助力に活躍されている皆様に、幸運が多く訪れますように。

2011年3月12日10時45分 黒澤世莉

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